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月刊 花みずき

商店街の現状と課題
 
 ・円滑化法の廃止後は

 ・S電気店・店主の話
 


ワンポイント
印紙税の軽減措置拡充と
非課税範囲拡大

月刊 経営一番

中高生52万人を蝕む
「スマホ亡国論」

・学校に行けない重症患者

・取り上げると大暴れ
・どこからが依存か
・技術と追いかけっこ
・東アジアは“依存先進国”

編集後記
 〜時泥棒〜



業績31の原理

〜 一意専心 〜

日本相撲協会の二子山親方(元大関貴ノ花)が、がんとの闘病の末、30日に亡くなった。昭和25年2月生まれ、55歳という短い(時間的には)人生であった。同世代の一員として、なにか切なさを感ずる。現役当時は身長183cm、体重114kgもありながら、角界では小さく、筋肉質、強じんな足腰で大活躍をし、「忍耐」と「粘り」で一時代を築いたといわれる。角界への貢献度は計り知れないようである。ご冥福をお祈りし、同世代を共有できたことに感謝したい。

やはり、「忍耐」と「粘り」"あきらめないこと"が開花(成功)するポイントのようだ。節操なく、ちゃかすつもりはないが、人生いろいろ、早咲きもあれば、遅咲きもある。周りの人達や歴史上の人物も「いざというとき」の年齢はいろいろである。ちなみに、戦国武将は、「いざそのとき」何歳であったか?調べてみた。

@ 明智光秀(本能寺の変で信永を殺したとき)55歳
A 上杉謙信(武田信玄に川中島の合戦で斬りつけたとき)32歳
B 織田信長(桶狭間の合戦で、今川義元を討ちとったとき)27歳
C 加藤清正(しず たけ賤ヶ岳の合戦で7本の槍の功名をたてたとき)22歳
D 武田信玄(父、信虎を追放して、自立したとき)21歳
E 伊達正宗(小田原の陣に出向き、秀吉に屈服したとき)24歳
F 豊臣秀吉(山崎の合戦で、明智光秀に勝ったとき)47歳
G 北条早雲(三浦氏を滅ぼし、相模国を領したとき)85歳

「いざそのとき」、自分の歴史が動くように、"あきずに" "あきらめずに" "楽しく"「一意専心」しよう。

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