今年7月、世界貿易機関(WTO)の新多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)を巡る非公式閣僚会合がスイスのジュネーブで開かれた。ご存知の通り、交渉は決裂に終った。日本の食料安全保障を考えるとき、この決裂について「歓迎」「残念」という賛否両論がある。
決裂歓迎派の見方はこうだ。もし、交渉が成立していれば、貿易の自由化が一気に進み、日本は、農作物にかけている高い関税を大幅に引き下げなくてはならないはずだった。そうなれば、関税が引き下げられる分だけ割安になる海外の農作物がドッと押し寄せ、日本の食料自給率は更に下がってしまう恐れが強い。今回の決裂で、当面の間は、現状の高い関税率が維持されることになり、日本の農業が守られ、食料自給率の低下も防ぐことができた。
一方で、残念に思う人たちの見方はこうだ。長い目で見れば、貿易の自由化は避けて通れない。農産物の関税も、いずれは引き下げるときが来る。高い関税率に守ってもらうことには限界がある。今回の交渉で合意することには、日本の農業の改革にとって、大きな刺激材料になるはずだった。関税の大幅引き下げに対抗するためには、これまでのような小手先の対策や、税金のばらまきでは対応しきれない。いやでも、抜本的な改革に取組む必要がある。「外圧」を利用して国内の大改革を断行する、またとないチャンスだった。残念ながら、交渉が決裂したことで、その機会を失ってしまった。
どちらも、日本の農業を守り、食料安全保障を高めていこうという姿勢に違いはない。違うのは、短期的な影響を重視して、現在の打撃をできるだけ避けようとするのか、長期的な視点に立って、思い切った手術を目指すのかという基本的な考え方だ。日本の食料安全保障が脅かされている今、農業改革や消費者の意識改革の手綱を緩めるわけにはいかないだろう。
(ニュース出所 月刊新聞ダイジェスト 9月号) |