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月刊 花みずき

商店街の現状と課題
 
 ・円滑化法の廃止後は

 ・S電気店・店主の話
 


ワンポイント
印紙税の軽減措置拡充と
非課税範囲拡大

月刊 経営一番

中高生52万人を蝕む
「スマホ亡国論」

・学校に行けない重症患者

・取り上げると大暴れ
・どこからが依存か
・技術と追いかけっこ
・東アジアは“依存先進国”

編集後記
 〜時泥棒〜



業績31の原理

 経営一番 NO.181  2010年3月

「事業部制」の松下幸之助、「アメーバ経営」の稲盛和夫

 松下幸之助と稲盛和夫。「経営の神様」幸之助は、PHP研究所を設立し倫理教育に注力する一方、晩年、松下政経塾を立ち上げ、政治家の育成にも尽力した。稲盛は盛和塾を立ち上げ、中小企業経営者の指南役になり経営者道を説いて行脚している。また、日本航空(JAL)の経営再建に伴い、最高経営責任者(CEO)就任を要請された。2人の経営手法について考えてみる。

◆似て非なる2人の神様
 幸之助は、20代前半に肺を病んでから、亡くなる94歳まで定期的に医者に診てもらう「一病息災」の生活を続けた。また、家が破産したため小学校も卒業できず、大阪電灯(現関西電力)で働きながら夜学(関西商工学校)に通った。病弱と低学歴。2つのハンディを克服して立派な経営を行うにはどうしたらいいか。考えた末、幸之助は日本初の組織を考案。事業部制である。健康で学識のある人を事業部長に据え、権限委譲することで自分の手足として使った。指示はするが、体力を必要とする執行は、事業部長以下に任せたのだ。すると当然、考える時間が増える。その結果、生まれたのが『経営理念』であり、多くの「松下幸之助語録」である。

  稲盛は、鹿児島大学工学部を卒業後、京都の硝子メーカーに4年勤めて退職、1959年に仲間とベンチャー企業京都セラミック(京セラ)を設立した。同社は半導体に目をつけ、稲盛が硝子メーカーにいたとき、寝食を忘れて研究したセラミックを半導体パッケージに活用しようと考えた。それが、まずアメリカの半導体メーカーのテキサス・インスツルメンツ(TI)社に認められ、評判が評判を呼び、フェアチャイルド、IBMなどから大量の注文を受けるようになり、ハイテク・ベンチャーとして急成長した。その後、稲盛は、宝石のクレサンベール、バイオセラムの人工関節、切削工具、太陽電池パネルなど、積極果敢に新分野へ挑戦していった。CBトランシーバーのサイバネット工業とカメラのヤシカを合併。1984年には第二電電企画(現KDDI)設立し通信事業者となったことで、新技術、新市場だけでなく、規制緩和への挑戦者として注目される人物となった。
  

◆知の重要性を認識
 2人が不況下で注目されるのは、拠り所となる奥深い経営哲学を確立したからであろう。次の稲盛の発言がそれを物語っている。「私が若い頃お手本にした経営者は松下幸之助さんです。直接取引もありましたが、幸之助さんを尊敬していましたので、幸之助さんに見習いたいと思っていました。そこから端を発して、明治の頃の日本の学者から中国の老子、孔子にまで広がっていきました。いくら素晴らしい人とお会いしても、かねてからそういうことに関心を持って勉強していなければ、情報も言葉も蓄積されません。仕事でたとえ余裕のない中でも、経営者は自ら学ばなければならないのです。私は、自宅のベッドの上に精神修養、宗教、哲学の本をいっぱい積んでいます。寝る前のわずかな時間、それらを引っ張り出しては読みました。そんなことを40年もやっていると蓄積されてきて、それが自分の血肉になるのです」

  幸之助と稲盛はいずれも働きながら学んだ経験を持つ。並はずれた行動力を有していたが、それ以上に知の重要性を認識していた。幸之助と稲盛は「実務家の理論」を探求していたようだ。それは事業システムを構築するためだけでなく、経営の精神にまで及ぶ。結果的に経営哲学と呼べるレベルまで高め、人間とは、国家とは、世界とは、さらに宇宙とは何かというマクロの視点で事象を捉えるようになった。

  危機に際しての対応も経営哲学がベースになっている。幸之助はヒット商品不在で販売が低迷したとき、販売店との「共存共栄」を宣誓。M&Aについてもしかりだ。京セラの場合は「弱っている相手から収奪するのではなく、救済を求めている会社や従業員を助けてあげられるM&Aならうまくいく」という考えがベースになっている。京セラが三洋電機から携帯電話事業を買収したのも、この考えに基づくものである。

 「創業100周年となる18年度まで環境エネルギー分野の売上高を3兆円以上に拡大する」という、パナソニックによる三洋電機の子会社化も、強い事業をさらに強くし、パナソニック・グループ全体を底上げしようとしている。


◆いまに生きる幸之助哲学
 パナソニックは、経営の舵取りを優秀な中村邦夫というサラリーマン経営者に任せたことで再生を果たした。しかし、幸之助の経営理念を尊重し続けたことは、創業家への配慮でもあり、従業員の心を1つにし、求心力を高める便利なツールであったと考えられる。その後、構造改革期から海外市場をドライビング・フォースとする成長のステージに突入した。「幸之助の経営理念は、宇宙まで、根源の社までつくって概念を広げた。それから50年を超え、当然、時代・環境も変わりましたが、それは当社の本質です。我々は、何のために事業をするのか、事業をする人間として心がけなければならないことは何か。これは時代が変わっても、どこへ行っても通用する概念です。もし、幸之助の経営理念が十分理解されていないとすれば、それは我々が努力していないだけで、努力をすれば必ずわかっていただけると思います。」(大坪文雄社長)

 京セラも「京セラフィロソフィ」を確立した。「人間として正しいことを正しいままに追求する」という判断の基準である。これを世界に広めていこうとしている。稲盛は「アメーバ経営」という管理会計に基づくグループ経営を構築した「理の人」であると同時に「心の経営者」でもある。事業部制をつくった幸之助も同じだ。最近、あらためて経営における「心」の意義がクローズアップされている。稲盛は経営者についてこう話す。「トップに立つ人間は人間性が重要で、すばらしい哲学を持たなければならない。リーダーは人望が必要です。人望がなければ人はついてこない。それには自分の内面を磨くことが大事です。会社の喜びも苦しみも、社長の痛み、苦しみ、楽しみというくらいに直接感じられる人間性を持たなければなりません。精神論も含めて帝王学を学んでほしいですね」

 混迷する時代、経営におけるリペラルアーツを見直してみるべきではないか。理と心のバランスがうまくとれれば、そこから「新日本的経営」のヒントが見えてくるかもしれない。

    (ニュース出所 月刊「BOSS」3月号)


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