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月刊 花みずき

商店街の現状と課題
 
 ・円滑化法の廃止後は

 ・S電気店・店主の話
 


ワンポイント
印紙税の軽減措置拡充と
非課税範囲拡大

月刊 経営一番

中高生52万人を蝕む
「スマホ亡国論」

・学校に行けない重症患者

・取り上げると大暴れ
・どこからが依存か
・技術と追いかけっこ
・東アジアは“依存先進国”

編集後記
 〜時泥棒〜



業績31の原理


 
〜近江商人に学ぶ、勝ち残るための商道〜
  
 ジャーナリストの田原総一郎氏も彦根(近江)の出身であることを新聞で知った。ジヤーナリストとして独立後は中々記事を採用してもらえずにいたが、初めて採用された時の心境は「三方よし」であったとのこと。自分勝手な記事を売りこんでいた期間は全く売れず、初めて売れた時の心境は正に「売り手よし、買い手よし、世間よし」の心境にあったとのことである。年末に訪問した琵琶湖周辺の地のご出身とあって、同氏への親近感が深まった。「スキー毛糸」の製造販売など時代を敏感にとらえて、一代で成功した近江八幡市の藤井彦四郎邸へも訪問した。「早起き」の大事さを実践された方である。他国で成功し、そして地元に貢献した近江商人の実践力、商道を貫く姿勢に深く感動した。

  近江商人は、江戸時代に近江国(琵琶湖周辺)を本拠地にした独自のビジネスモデルによって隆盛を極めた。江戸時代の商人は一般的には地域ごとに商売をしていたのに対して、近江商人はいわゆる「他国商い」を基本とした。本拠地である近江から、天秤棒を担いで他国に出掛けていき、麻布などの近江の産物を売り歩く。この行商のスタイルが、近江商人の原点である。
商売が成功を収めると、その地域に出店(支店)を設け、地域の需要に合った商品を全国から仕入れて商いをした。一部は中国や東南アジアにも進出するなど、進取の気性に富み、ビジネスチャンスがあればどこにでも単身乗り込んで積極果敢に市場を開拓した。

 顧客や地域社会からの信頼を何よりも重んじるのも、近江商人の特徴だ。売り手本位の商いを禁じるその厳格な経営理念は、家訓として代々受け継がれ、商いの現場でも徹底された。“よそ者”である近江商人が各地で受け入れられたのは、こうした高い倫理観があったからで、日本を代表する多くの企業が近江商人にルーツを持つ。近江商人にゆかりの深い企業としては、伊藤忠商事、丸紅、高島屋、西川産業、トヨタ自動車、みずほ銀行、三菱東京UFJ銀行、三井住友銀行、日本生命保険、西武グループ、ワコール、東洋紡、ヤンマーなどである。

  彼らは度重なる不況にも屈せず、永続する企業集団をつくり上げた。近江商人の知恵には、淘汰の時代を生き抜くヒントが隠されていると思われる。
 三方よしと並び近江商人が信条としたのが「始末して、きばる」という精神だ。近江の言葉で「始末する」とは、大まかに言えばものをムダにせず倹約することを指す。「きばる」は本気で取り組むこと。つまり、倹約を心掛け、仕事に精を出すことを意味している。それは、限られた経営資源を最大限に利用して、地道な努力を重ねることで、中長期的な視点で堅実な成長を目指すことが肝要である、という教えを込めていたと言われる。不況に強い近江商人と言われるが、近江商人が勢力を拡大した江戸の後半期は、飢餓や財政の逼迫などによる度重なる不況に見舞われた厳しい時代だった。そんな状況を生き抜くために、彼らは徹底して贅肉をそぎ落として強固な財務体質をつくり上げた。そして、それを土台にして積極的な攻めの経営を実現した。その結果、不況というピンチを、勝ち残るためのチャンスへと変えることに成功したのである。勿論、コスト管理を徹底するだけでは会社は存続・発展しない。今、社会から求められているのは何か、その視点を基礎に事業展開の構想力を常に磨くことが、近江商人のように勝ち残る条件のようである。

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