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月刊 花みずき

商店街の現状と課題
 
 ・円滑化法の廃止後は

 ・S電気店・店主の話
 


ワンポイント
印紙税の軽減措置拡充と
非課税範囲拡大

月刊 経営一番

中高生52万人を蝕む
「スマホ亡国論」

・学校に行けない重症患者

・取り上げると大暴れ
・どこからが依存か
・技術と追いかけっこ
・東アジアは“依存先進国”

編集後記
 〜時泥棒〜



業績31の原理

 経営一番 NO.229 2014年3月
〜“ITバカ”にならないために「考える力」を磨き続けよう〜

 効率とスピードを求める技術のせいで、人は徐々に「学ぶ力」を失いつつある。モニターを見つめるだけの“抜け殻”にならないために、意識するべきことは何か。

◆“新種の事故”が起きている

 飛行機の自動操縦システムのおかげで現在、1回のフライトでパイロットが手動操縦する時間は3分ほど。フライトの安全性が高まってきたことは否めないが、“新種の事故”が起きるようになったことを見逃してはならない、と警告する専門家も多い。自動操縦で、パイロットが専門的なスキルを失っており、危機に直面したときに反射的に対処できないというのだ。
これは、私たちに一考をうながす。オートメーションは恩恵をもたらす一方で、それを利用する人の能力を損なうものである。

 これは安全性に限った話ではない。自動化は私たちの行動や学習方法、知識のあり方も変えていく。ある意味、倫理的な側面も持つ。どの仕事を機械にやらせるべきかによって、世界の未来が変わってくるといっても過言ではない。

 英国の数学者・哲学者のアルフレッド・ノース・ホワイトヘッドは100年前、「人間が考えずにこなせる重要作業の数が増えていくことで、文明は発達していく」と書いている。この言葉ほどオートメーションの力を信頼する表現はない。ある仕事を道具や機械にやらせれば、人間はより高度な仕事に取り組めるという考え方が、ここにはある。私たちは機械を使うことで何かを失うかもしれないが、長期的にはその損失を上回るものを獲得できるというわけだ。

 しかし、この説を普遍的な真実だと鵜呑みにするのはよくない。というのも、彼の時代のオートメーションは単純な反復作業に限られていたからだ。それに対し、昨今のコンピュータは物事を観察したり感知したりするほか、分析や判断も行う。つい最近まで、人間にしかできないと思われていたことをソフトウェアが代行し、コンピュータを動かす人間は、単なるオペレーターに過ぎないという事態が生じつつある。

 
ソフトウェアを使うことで、より高いレベルで思考したり行動したりできるようになっているわけではない。むしろソフトウェアは、私たちの仕事の幅を狭めているというべきだ。私たちは繊細な判断力を必要とする専門的な能力を習得することをやめ、ルーチン化された能力しか身につけなくなっている。

◆「なあなあ主義」と「バイアス」

 専門家に言わせれば、「オートメーションは、単に人の作業を肩代わりするだけだ」という説は、神話に過ぎない。自動化は人の仕事を肩代わりするのみならず、タスク全体の性質も変え、関わる人の役割や態度、スキルも変えていく。自動化技術の権威で心理学者ラジャ・パラスラマンは2010年、次のように述べている。「オートメーションは人間の活動を手助けするだけでなく、人間の活動を変化させると考えるべきだ。オートメーションは、設計者が意図しなかった想定外の変化をもたらすことがしばしばある」

 心理学者の研究によれば、コンピュータを使って働くとき、人間は認知面で2つの症状を示す。「なあなあ主義」と「バイアス」だ。この2つが仕事のパフォーマンスを下げ、ミスを引き起こす要因となっている。

 「なあなあ主義」とは、コンピュータに任せていれば安心と錯覚してしまうことだ。「機械が完璧に稼働しているから、どんな問題が起きても機械が対処してくれる」と機械を信頼しすぎると、注意力は散漫になりがちだ。心が仕事から離れ、周囲の状況をつかめなくなるのだ。
 「バイアス」とは、モニターに表示される情報が正確だと盲信することだ。ソフトウェアに全幅の信頼を寄せるあまり、自分の目や耳で得た情報を割り引いて考えてしまったりするのだ。
 
コンピュータが間違ったデータや不充分な情報を示しても、私たちはその間違いを見逃してしまうことが少なくない。そして、この2つの問題が、ハイリスクな現場で多数発生している。

◆人類の素晴らしい特質とは

 心理学者は1970年代末から「生成効果」現象について研究を続けてきた。生成効果が最初に注目されたのは、語彙に関する研究だった。人がある単語を主体的に思い出したときのほうが(人が単語を「生成」したほうが)その単語を読んだ聞いたりして思い出したときよりも、記憶が定着しやすいことがわかったのだ。

 その後、生成効果はいろいろな分野での学習にも影響を及ぼしていることが明らかになった。あるタスクに主体的に取り組むとき、頭のなかでより多くの事柄を覚えられるようになるプロセスが起動するのだ。また、同じタスクを長時間繰り返すと、脳にはそのタスクのための特別な神経回路が作られる。この回路のおかげで、私たちは保存した大量の情報を整理し、いつでも瞬時に引き出せるようになる。テニス選手やチェス名人などその道のプロは、尋常ではないスピードと精度でパターンを認識し、状況の変化に対応していく。本能的な反応に見えるが、それは苦労して手に入れたスキルなのだ。しかし現代のソフトウェアは、そうしたスキルの獲得に必要な苦しい鍛錬をスキップさせてしまう。

 そもそも人間は不要なのではないのだろうか?オートメーションに関する議論ではそんな疑問が生まれる。ミスを繰り返す人間が監督するよりは、完璧に作動する自己完結型システムを構築したほうがいい、と考える人も多い。だが、故障のない機械など存在しない。設計者は人間だし、たとえ完璧なシステムを設計しても、システムが運用されるのは不完全なこの世界においてだからだ。

 私たち人類の素晴らしい特質は、見過ごされがちなものだ。その特質とは、人が現実にぶつかるとき、世界に対する理解を深め、それまで以上に世界と一体となるということだ。
人は難しいタスクに取り組んでいるとき、仕事を終わらせるという目的のために努力しているのかもしれない。しかし、その努力こそが、私たちを人間たらしめている。オートメーションは、目的とプロセスを分断してしまうのだ。

 私たちはいま、画面を見るだけの存在に変わろうとしている。このことは、実在的な問いを投げかけないだろうか。自分の頭でその答えを考えてみよう。でないと最新のソフトウェアが、先に答えを出してしまう時代が訪れるだろう。

    (ニュース出所 クーリエ・ジャポン 2月号)
 
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